カテゴリ:風景
相模台中に赤門出現 & 謎の切り株:(12月26日撮影)
相模台中の北門(桜台小側の通用門)が赤く再塗装されました!
本校に勤務する技能員さんが、他校の技能員さんの応援も借りて、老朽化した北門を塗ってくれました。東大の赤門みたいで、縁起が良いと評判です。もともとは、別の色を考えていたようですが、評判がよいとのことで、このままの色にするそうです。ちなみに、この赤色は、錆止め塗装の色で、塗装下地(上塗り塗装の前段に塗る塗装)として塗ったものでした。黄色に色づいたイチョウの葉とのコントラストがとても綺麗です。
北門付近に謎の切り株発見!!
よく観察すると、直径が60cm位あり、大きいものは、80cmもあり、かなり太い木だったのがわかります。どうも、イチョウと松の木だったみたいです。そして、謎の切り株は、1列に桜台小の方向に連なっています。これらの木は、台中が昭和42年(1967年)に開校する以前から、現在の位置に生えていたようです。1960年代(台中開校前)の航空写真にもはっきりと、並木が写っていました。(使い方動画のリンク参照)
台中ができる前は、広大な国立相模原病院の敷地の一部となっていて、病院内の道路(交差点)のようになっていたと思われます。現在でも台中には、大きなイチョウや松の木が何本かありますが、いま残っている大きな木は、戦前に植えられて木の可能性が大です。台中周辺の土地は、昭和13年〜昭和20年12月までは、旧日本軍の臨時東京第3陸軍病院(当時、東日本で最大規模の大病院)だった経緯があります。日中戦争(盧溝橋事件)が昭和12年(1937年)なので、その翌年に陸軍病院が、この地に開設されました。戦争の激化に伴い増加する傷病者の手当とリハビリのため、大きな病院が必要になったということでしょう。相模台中の敷地にも当時の日本の国策が影響しています。日中戦争がなければ、今のこの地に台中は、存在していなかった。歴史を感じさせる遺構です。
参考文献のリンク先:
臨時東京第三陸軍病院跡:https://senseki-kikou.net/?p=14781
国土地理院【動画】・・・年代別の航空写真の見方を解説しています。https://www.youtube.com/watch?v=5r6EUi5y4Og&t=49s
https://maps.gsi.go.jp/help/movie.html#kihonsousa
【国土地理院 地図 】実際の現在の地図と1960年代の航空写真を重ねた図が見られます。https://maps.gsi.go.jp/#18/35.522165/139.408123/&base=std&ls=std%7Cort_old10&blend=1&disp=11&lcd=ort_old10&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
公開日:2024年12月26日 16:00:00
更新日:2024年12月27日 15:57:45